hiroshi63のブログ

山と妄想あそび

山と匂い





雪に匂いはあるだろうか。雪の降らない故郷を出て以来幾度も降り積もる雪を体験し、また雪山に登るようになって20年以上が経つが雪というものの匂いを感じたことはない。雨に匂いを感じてこなかったように。


しかし、どうも雪には匂いがあるようなのだ。
 長男が5歳になるかどうかという時のこと。その年のまだ雪が降りだす前の初冬、外出のため家の玄関を息子と一緒に出た時に息子はすぐさま「おとうさん、雪の匂いがする!」と言った。空は薄曇りで雪は降りそうでなかった。へえ、雪が…と聞き流していたら、間もなくチラチラと雪が本当に舞い出したのだ。息子の嗅覚に感心し、そして雪に匂いがあることに感心した経験がある。息子が雪の匂いを記憶していたことにも驚きであった。


幼児の感覚受容の能力はすごい。ピュアで繊細な受容体の感度によるものだろう。ちなみに幼児の味覚の感度も鋭い。それは大人では舌や喉頭などの部分にしかない味蕾が幼児では口の中のいたるところに存在していることによるらしい。受容体の数自体が違うということだ。
 


すでに嗅覚が鈍磨している僕でも山では色々な匂いに出会う。匂いに出会うとはおかしな言い回しであろうが匂いを発する木々や残り香を残した動物など発信源との出会いでもあるのでそう言ってもよいだろう。スギやヒノキ林ではスギやヒノキの匂いがする。笹原では笹の、苔の谷では苔の香りを感じる。地面の落ち葉には場所ごとの匂いがある。鹿や猪、正体はわからないが動物の明らかな野生臭、これらは明瞭に知覚できる。


山中にはもっと様々な匂いがあるはずだ。きっと僕が知覚できていないものに溢れていることだろう。石や岩も発しているに違いない。幼児なら岩質ごとに感じ取ることが出来るかもしれない。
 


ところで、山で嗅いだ匂いにまつわる不思議な体験がある。先日登った大御影山でのこと。大御影山は滋賀県と福井県の県境にある奥深い山で、僕が登った登り口からは頂上まで3時間かかった山だ。その山頂近くの尾根でパンを焼く香りが漂ってきたのである。思わず我が鼻を疑い辺りを嗅ぎまわったのだが確かにパンの香りがする。見渡す周囲の山に人家はなく、山小屋などもない。風に乗って町からやってきたのかと考えもしたがあまりに現実的でない。


こんな経験は過去にもあった。どこの山かまでは覚えていないがその時はクッキーを焼く匂いだった。匂いは鼻に残ることがある。数時間前に嗅いだ匂いがするはずのない所で急に蘇ることがある。感覚記憶の想起が自動的に起こることがあるということなのだろうか。
山中でのパンやクッキーの匂いも記憶だったのだろうか? 
登山中に起こる頭中での音楽のリピート「イヤーワーム」  とともに不可解な出来事というか現象である。