hiroshi63のブログ

山と妄想あそび

ハリガネムシ



10月の下旬だったか、散歩先の森の中の小川をまたぐ橋の上で川面を眺めていると一匹の飛翔体が視界を横切り水面に落ちた。カマキリだと直感した。
ハリガネムシの仕業がすぐに頭をよぎったからだ。


橋から川べりに降り水の中に落ちた生き物を確認した。間違いない、カマキリだ。


カマキリは 流れに乗って岸にたどり着き草むらに這い上がった。見た所動きに不自然なところはなく元気そうだ。ハリガネムシによるものではなく単に目測を誤っての着地だったのだろうか?
 


そのカマキリから目を離した後、ふと見やったほんの上流の水面にもう一匹のカマキリが川底に沈んでいた。こっちのは間違いないだろうと近づいてよく見ると案の定後ろ足に絡まる薄緑色の線虫がうごめいている。 ハリガネムシは何度か見たことがあるが茶色のものばかりで緑色のものは初めてだ。


カマキリの腹から這い出すこの虫の光景は何度見てもおぞましいものがある。後に調べて見ると日本のハリガネムシは14種類も確認されているとのこと。この時のものは緑のやや小さな種だったようだ。
 


このハリガネムシという線虫、おそるべき寄生虫である。その生態は水中と寄主への寄生の循環の中で巧みであり実に戦略的である。水中で産み落とされた卵がカゲロウなどの水生昆虫に食べられ、その昆虫が羽化して地上に出たものをカマキリやバッタが食べる。そして、それらのお腹の中で卵からかえり生体から養分を得ながら寄生する。
この虫の怖さの真骨頂はその後だ。全ての生き物は遺伝子に刻まれたプログラム(指令)に基づき子孫を残す。昆虫は異性と出会って交尾をしなければならない。その必要とされる環境は水中だ。カマキリのお腹の中で成長したハリガネムシは生殖の時期を迎えるとカマキリの脳に、とあるタンパク質を送り入水自殺をさせる。つまりカマキリの脳をコントロールし水に飛び込む衝動を起こさせるのだ。(キラキラと光る水面の輝きに反応して飛び込んでいるという研究結果の報告もあるようだ) 
カマキリが水に飛び込むとその腹から水中に抜け出し、繁殖のための相手を探し交尾、メスは卵を産む。そして水生昆虫に食べられ…のサイクルを繰り返す。このような込み入った生存戦略はどのように身につけてきたのかと考えるとなんとも不思議なもので怖くもある。



ちなみに、このようなマインドコントロールや乗っ取りをする怖い寄生虫は猫のトキソプラズマやカニのフクロムシなど、調べてみるとけっこう他にもあるようだ。

 


ところでハリガネムシを初めて見たのは鈴鹿のどこかの山だったと記憶している。職場の山の会の山行だった。山頂近くの低木がまばらに生える斜面を横切っている時だったと思う。その斜面の小さな水溜まりに三本の針金のようなものが水面から突き出して動いているのを認めた。それぞれ水中の部分を考慮すると20センチはあろうかという長さだ。


前後にいた他のメンバーとそれら様態の気持ち悪さや正体について話した直後、好奇心に駆られて1本の針金に手を伸ばして摘まんでみた。人差し指と親指でつまんだ瞬間、後方の若い女性メンバーが「ダメっ」と僕の手をその針金から払いのけたのだ。
危険だと感じたとっさの行動だ。その後も彼女はそれらに触れることを強く制止した。その勢いに僕の好奇心は収めるしかなくなったのだが、反面、なんとはなしに嬉しさも感じるのだった。僕のことを親身に心配して瞬時に払いのけてくれた行為に、僕に対する好意が潜んでいたと感じたからである。気立てのやさしい美しい子だったのでなおさらである。
まあ、男はこういううぬぼれ的な都合の良い解釈をするものなんだろう。


そんなハリガネムシとの初めての出会いがあった後、ハリガネムシを見つけるとその時のことを思い出す。ほんの少し触れたまさに針金のような硬さのハリガネムシの感触とその時払いのけられた彼女の手の感触とともに。
 
だからだろうか、ハリガネムシを見るとあのおぞましい容態とはかけ離れたほんのり甘い感情を覚えるのは。