hiroshi63のブログ

山と妄想あそび

雲海の山


夜明け前の無風に揺蕩い静かに下界を覆う
青く薄暗い視界に雲の海は谷を埋めていた


朝日がその高みを増すと蠢き始める白雲の群れ
斜面を舐め上がるそれはやがて岩塔を飲み込み
沸々と尾根に湧き上がる


私は足元を脅かす雲を眺めながら行く先の細尾根を眺めた
雲の先陣は西風に煽られ上空に巻き上がると
恨めしそうに霧散し消えた
尾根の行くてを視界に認め、安堵が身体をほぐす


雲の容態が刻々と変化する早朝の縦走
期待と怖れの混じった感情を抱きながら尾根を渡った
途中のピークに立った午前の終わり
いつの間にかあたりの雲海は消え
谷底には川べりに点在する街と田畑が見おろせた
雲の下の実在は心中の相反する感情をより絡ませたようだった

カール


削ぎ取られた礫が流れる大斜面
中央の凹部に雪渓が流れ
流れを挟んでオレンジと濃赤の帯が沿う
広大な箕のような地形の底で見上げる秋は
絶妙の配置とコントラストの芸術劇場となる


赤が映える
黄が映える
緑が映える
色映えの下地は灰色の濃淡
配置の妙は岩が成し
圏谷の主役は岩であった


モレーンの積み岩
礫上の迷子石
岩塊を越え秋に染まる斜面をトラバース
大岩の背後に鋭鋒が聳え立ち
日の当たる先端は空に投射された映像のようだった


氷河が置き忘れは庭園の置き石
自然の配置には意思が視える
はずれの岩上に立ち、時を忘れ眺めた
美の感覚、美の認識というものの源は何だろうか
自然は原理を理解するだろうか
自然自体が原理なのか


岩峰のてっぺんで見下ろす圏谷は遥か下方の遠い世界
全容を視界におさめ、高度感に酔う
山盛りアイスをスプーンでこそぎ取った跡は心地いカーブを描き
小屋たちがアクセントをなす箱庭を作る
底から噴き上がる風を受け舞い降りてみようか
カールの俯瞰はそんな大それた衝動を起こさせる

岩戸山


かつての旗振り中継地、岩戸山に立つ
岩に掘られた矢印の先は甲山
背後は霞の帯に浮かぶ比叡山
旗振り基点はその遥か向こうにある


米の相場は堂島を発し
平野に点在する孤立丘を伝わる
野洲から此処に
荒神山、佐和山に
そして終点長浜に


秋の実りの後には
こんな壮大で愉快で緊迫した行事が待っていた


私は岩上で腕を振る
南の甲山に、北の荒神山に
受け手はいない
だが私は真剣だった
振り終えた我が身は清々しく軽かった


此処にはスマートフォンなどの利器はそぐわない

太郎坊


蒲生野に雪が降り積もり
街も田畑も白化粧
白い矩形の田畑の辺を車が流れ
雪面に浮かぶ霧も流れていった


大岩の上に立ち寒風を背に東空を見やると
鈴鹿全てが視野に収まり
眼前の白い平野の広がりはどこまでも続く
綿向山の背後に座る雨乞岳はいっそう白く
御池岳の山肌は流れる白縞が心地良い


赤神の御心は寛大に
御神体の大岩に立つを咎めず
その者が見るもの、湧き立つ心情を見守る


岩頭から遥か比叡を眺むるに
均整の三角錐から流れる稜線は
穏やかに薄墨のシルエットを描き
麓と稜線の向こうに
遠く遥かないにしえを夢想させる


蒲生野の冬はまだ続く



雪稜


緩やかな曲線を描く雪面と深く濃い青空
シンプルでいて十分な色の2元世界
青白の境の心地よい曲線に向かって
風に洗われたまっさらな雪面を登る快感


雪庇の曲線は生理的な快を生起し
踏み込む一歩を躊躇わす
汚さぬようにと吹き付ける横風に抗い回り道
厳しく鋭い襞状の風紋を踏み進む


私はこの世界を変える存在
風景の中の異物となり生の痕跡を刻む
ただ我が痕跡は儚く
夜を迎える風によってたちまちに消え去るのであろう